大動脈弁狭窄症

まとめ

加齢による大動脈弁の石灰化により65-75歳頃から急速に症状が出現する

胸部レ線側面像における大動脈弁石灰化の存在は弁狭窄が高度であることを意味する

大動脈弁を通過する最高流速をドプラ法により測定することにより重症度判定が可能である

例え高齢であっても、大動脈弁置換術により劇的に症状が改善する可能性がある

 

大動脈弁狭窄症(AS)は、先天性二尖弁または変性した大動脈弁に加齢現象による弁の石灰化が進行し、65-75歳頃から急速に狭窄病変が進行し心不全を中心とする症状が出現してくることを特徴とする疾患である。日本人のデータはあまりないが欧米では65歳以上人口の1-2%が手術を要するASに進展するといわれている(1)。高齢者社会の到来に加えて、ドプラ心エコー法の普及によるASの定量評価が可能となり、ASはあまり珍しくない疾患となった。ドプラ心エコー法が存在しなかった30年前では、高齢のため検査も手術も行わないで動脈硬化性心疾患や虚血性心疾患という診断のもとで放置されていた可能性がある。

50代で心不全を生じるASの原因は、多くはリウマチ性であり、高齢者のASと病因が異なる。欧米では成長期である15-20才でASによる心不全を呈する例があるが、日本では幸い先天性二尖弁の頻度が少なく、若年者の高度AS例はあまりみられない。平均余命は、心不全が出現して2年、狭心症様症状で1年、意識消失で6か月といわれる。弁逆流の少ないAS例では、ひとたび左室不全を生じると、通常の収縮不全による心不全とは異なり内科的治療に反応しがたい。安静・減塩食に加えて、少量の利尿剤と少量のドパミンで心不全に対処せねばならず、血管拡張剤は禁忌である。心不全時の左室壁運動については、極めて低下する例から、比較的保たれる例まで種々である。心筋疾患ではなく機械的狭窄が主であるので、例え高齢で左室収縮機能が低下していても、手術さえ乗り切れば劇的に症状が改善し、左室壁運動も改善する可能性がある。

診察所見において重要なものは、前胸部に広く聴取され頸部に放散する収縮期雑音である。高齢であれば遅脈は認めにくい。心電図では左室肥大を呈する。胸部レ線では心拡大を呈さないことも多く側面での大動脈弁の石灰化の存在は重症度判定の助けとなる。

大動脈弁由来の収縮期雑音を聴取するのは、65歳以上人口の25%くらいであるといわれる(2)。そのような患者に対して例え無症状であっても、循環器を専門とする施設で一度はドプラ心エコー法による大動脈弁を通過する最高血流速を測定することが必要である。

75歳以下のAS例では、心不全症状、狭心症症状、意識消失が1回でも出現すれば、基本的には手術の適応である。また、例え80歳以上の高齢者であっても他の臓器にあまり問題がなければ、手術についての専門医の意見を聞くことの必要性を家族に説明することがPC医としての重要な役割である。
軽症のASをPC医がどのように経過観察するかは難しい問題である。高齢であるので、無症状な時期に10年先を見据えた予防的手術は意味がない。加齢によりASは進行するため、定期的なドプラ心エコー図による観察を行い、循環器専門医との連携が重要である。重症になれば脈圧が減少し、以前に高血圧であったにも関わらず、血圧が低下してくることがある。他人と争う運動はしない世代であるが、中等度の弁狭窄であれば、「年齢をわきまえて無理をしない」ことを説明する必要がある。

 

症例1

73歳時に収縮期雑音を指摘されたが症状はなかった。大動脈弁を通過する血流は3.5m/secであった。2年後の75歳時に症状に変化はなかったが、左室が軽度拡大、壁運動が軽度低下し、大動脈弁を通過する血流は4.5m/sec、左室流入波形でA/E比が低下した。3年後の78歳時、NYHA IV度の心不全で緊急入院、左室の拡大は軽度であったが、壁運動はび漫性にきわめて低下、準緊急で大動脈弁置換術を試行した。術後1ヶ月で左室壁運動は著明に改善した。

 

図1:左室壁運動と左室流入波形の推移

左室流入波形はA/E比が低下し、弁置換後にA波が増高している。

図2:側面像における大動脈弁石灰像の進行

 

コメント

典型的なASの自然歴をみた症例である。心エコー図における各種パラメーターが変化してきた75歳時に手術を勧めたが症状がないということで拒否された。この年齢では予防的手術が難しいが、少なくとも半年ごとには定期検査が必要であった。

 

症例2

1年前から、近くの病院に拡張型心筋症による心不全との診断にて3回の入院歴がある72歳の女性。今回も心不全にて同病院に入院したが、利尿剤に対する反応が悪く、本院へ転送された。洞調律、2/6度の収縮期雑音が前胸部全体に聴取され、ギャロップリズムであった。安静、減塩、少量のカテコラミン製剤による心不全軽快後に大動脈弁弁置換が施行された。術後症状は消失し、1ヶ月で左室壁運動はほぼ正常化した。

 

図3:術前の左室Mモードではび漫性の左室壁運動障害がみられ、大動脈弁を通過する最高血流速度は4.5m/secである。計算された大動脈弁口面積は0.3cm2であった。

図4:左室長軸拡張末期像では、左室の拡大は軽度である。

 

コメント

心不全を呈すると、適切にエコー検査を行える施設でなければASの診断は困難である。高齢者の心不全例では、常に治療可能なASを念頭に置くことが重要である。

 

文献

1. Otto CM  Aortic stenosis-Listen to the patient, look at the valve. N Eng J Med 2000;343:652-654

2. Otto CM et al. Association of aortic valve sclerosis with cardiovascular mortality and morbidity in the elderly. N Eng J Med 1999;341:142-147